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第5話 上司と部下①

Author: 葉山心愛
last update Last Updated: 2025-10-30 06:50:56

一瞬たりとも視線をそらせることが出来なかった……彼から。

無言のまま見つめ合い、まるで時間が止まってしまったように感じた。

どうしてだろう……

どうして嫌な予感っていうのは当たってしまうんだろう……

もしかしてこの人じゃないかって思ったりもしたけど、本当に再会してしまうなんて。

再会してしまった気まずさや、彼の驚きや切なさの混じった表情を見たら、やっぱり再会なんてしちゃいけなかったんだって。

そう思えてならなかった。

「もしかして二人は知り合いなのか?」

見つめ合うわたしたちと沈黙が続き、それを破ったのは店長だった。

お互いしばらく返答できなくて、再び沈黙。

「あ……実は俺たち……」

「いえ、店長。知り合いではありません」

「は……?何言って……」

ダメ……ダメなんだよ、秀ちゃん。

わたしとあなたは本当は再会してはいけなかった二人なの。

わたしとあなたは赤の他人、何の関係もない……その方があたしもあなたも傷つかないのだから。

「初めまして。わたしは本社からやって来た加藤麻菜と言います。これからよろしくお願いします」

わたしが頭を下げて挨拶すると、秀ちゃんは複雑な表情を浮かべた。

「……仲森秀平しゅうへい、です。よろしく」

やっぱり……やっぱりわたしは……

わたしはここへ戻ってくるべきではなかったんだ。

ここへ戻って来て秀ちゃんに会わない可能性の方が低いことは分かり切っていたのに。

わたしは秀ちゃんに辛い顔させることしか出来ない。

ほら、現に今だってこんな泣きそうな辛そうな顔してる。

こんな秀ちゃんはもう見たくなかったんだよ……

「あっ、そうだ。仲森を加藤の教育係にしよう」

「えっ……」

秀ちゃんがわたしの教育係……?

それは……それだけは……これ以上秀ちゃんと関わりたくないのに。

「加藤はアメリカ暮らしが長いし、接客業に就いたことないらしいんだ。だから仲森、よろしく頼むよ」

「分かりました」

秀ちゃんは一瞬の躊躇いも見せずに、即答した。

どうして……どうしてなの、秀ちゃん。

「じゃあ、加藤。分からないことがあったら仲森に聞くように」

「……はい」

店長は何処かへ行ってしまったし、他の社員たちは開店の準備に取り掛かっていた。

わたしと秀ちゃんは二人、また気まずい雰囲気に包まれた。

「……よ、よろしくお願いします」

「……あぁ」

大丈夫、わたしと秀ちゃんは上司と部下で、秀ちゃんはわたしの教育係。

ただそれだけなんだ、と頭の中で何度も繰り返し自分に言い聞かせた。

「あのさ、麻……」

「仲森さん、わたしも開店準備手伝ってきますね」

わたしは仲森さんの言葉を遮って、ディスプレイに綺麗に服を飾っている中に手伝いに入っていった。

仲森さん、今わたしのこと“麻菜って”呼ぼうとしたよね……?

どうして……どうしてなの?

わたしはあなたに名前で呼んでもらう資格なんてないんだよ……

私ももう“秀ちゃん”じゃなくて、“仲森さん”って呼ぶようにしよう。

仲森さんとは一線引いて、上司と部下として、ただそれだけの関係で付き合っていかなければならないのだから。

「ねぇ、加藤さん。仲森さんと知り合いって本当?」

洋服を丁寧に畳み、並べていると、先程ジョンの登場で目を輝かせていた女性の一人が声をかけてきた。

えっと……まだ名前が分からないや。

「あ、ごめんなさいね。私は藤田って言います」

「藤田さん……よろしくお願いします」

人の名前を覚えるのが苦手なわたしは、何度も心の中で藤田さんの名前を繰り返した。

「それで、どうなの?仲森さんとは知り合い?」

「それは……さっき店長にも言ったんですけど、わたしと仲森さんは知り合いではありません。今日初めて会いました」

「……そう。あなたがそう言うなら、何も言わないけど。……でもね、加藤さん。嘘はいつかバレるものよ?」

不敵な笑みを浮かべ、藤田さんは違うディスプレイの方へと移動していってしまった。

今のは……何?

嘘はいつかバレるもの……って、藤田さんは何かを知っているの……?

もしかして、仲森さんは一時期かなり有名だったから、色々嗅ぎまわっている人がいるのかもしれない。

そう思ったら、話しかけてくる人たち全てがわたしたちのことを知っているのではないかと疑い始めてしまった。

でも、他の人たちの注意は全く別のものにあって。

「加藤さん、ジョンって彼女いるの?」

これじゃあ、全くアメリカにいる頃と質問が変わらないと思った。

ジョンはすっかりここの女性たちもすっかり虜にしてしまったか。

「うーん、彼女はいないと思いますけど……」

「本当!?」

ジョンは特定の彼女を作らないから、わたしが知る限りずっと彼女はいないはず。

まぁ、「女の子はみんな僕の彼女だよ」なんて言ってるおバカさんだしね。

「でも、ジョンってアメリカでもすごくモテたんじゃない?」

「まぁ、あの容姿ですからね。女性に不自由したことないみたいですよ」

「やっぱりねぇ」

今、女性たちは手を動かすことより口を動かすことの方が忙しいらしい。

仕事そっちのけで、ジョンの話題で盛り上がっていた。

「何してるんですか。サボってないで仕事してください」

この声は誰のものなの……というくらい低くて身がすくんでしまうようなそんな声の持ち主。

それは仲森さんだった。

わたしの知らない仲森さんの一面を垣間見た瞬間だった。

どうしちゃったの……こんなに冷たくて、らしくないと思った。

私の知っている彼はもうここにはいなかった……

「やぁねぇ、相変わらず鬼上司よね……」

「あーぁ、怖い怖い」

ヒソヒソと陰口を叩きながら、女性社員たちが仕事に戻っていった。

いつも笑顔で周りから愛されるキャラだったのに、一体どうしちゃったのよ……

久しぶりに会った彼は、部下から恐れられる存在となっていたのだ。

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